2017年7月7日金曜日

日夏耿之介「王領のめざめ」「驕慢」

 きょうも『転身の頌』から詩を二つ。

  王領のめざめ

人人よ 王領(おうりやう)こそは覚醒(めざ)めつれ
時ありて 王土の番卒は
緇(くろ)く黄なる抱服をその身に纏ひ
夜守(よもり)の燭(しよく)をかかげ
あけぼのに 一位の森を巡警す

日出で 月逝(さ)り
森には露かがやけども
赤く爛(ただ)れし王土の春は
かつてひとむらの野の花の花咲き狂ふ
繁殖の怡悦(よろこび)だに遞(つた)へたることもなし
また 皎(しろ)き日光(ひのひかり)の鋭(と)き香ありて
吹上(ふきあげ)の水沫(みなわ)に噎(むせ)べど
樹(こ)の間に光る幻覚(まぼろし)の彩(あや)のみ栄(は)えて
青き小禽の囀りだに得聞えず

いま 昴宿(すばる)いで
夕風 疾(はや)く駛(はし)り
膨張(ふくら)める地平の遥か杳(はる)かかなた
あわただしき夜の跫音(きようおん)をきく
あはれ 王領の濁れる春宵(よひ)に
わが女王(によわう)らも 王子らも
いちはやく めざめたり
おそらく永劫に覚醒(めざ)めしならむ

禽謝(とりしや)し花凋(しぼ)み
天然と中宵(ちゆうせう)としばし抱擁(いだ)きて
哀楚(かなしみ)や幽欣(よろこび)の歓会に楽しび耽けるとき
王領こそは覚醒めつれ
そはおそらく 永劫に覚醒めしなるべし

   ◇

「抱服」は、もともとは「捧腹」。「捧」はかかえる意で、ふつう、捧腹絶倒というように、腹をかかえて大笑いするさまをいいます。。

「遞(逓)」には、逓信、逓送というように、横へ横へと次々に伝え送る意。

「遥か」は遠くまで眺望が開けているさま、「杳か」には奥深く暗いさまを表すようです。


   驕慢

蘭引(らんびき)の上に踊る心
梟木(けうぼく)の傍(かたへ)に はた 彳(たたず)む心
心は天地(あまつち)の魂に倚り加餐(かさん)し
また 宇宙新教徒の気軽き微笑(ほほゑみ)を企つ

されど神よ 多く災(わざはひ)する事なかれ
開けゆく夜の間の小さき叫び
晨星(しんせい)とともに消えはてむ迄

   ◇

「驕慢」(きょうまん)は、おごり高ぶって人を見下し、勝手なことをすること。

「蘭引」は、ランビキ、兜釜(かぶとがま)式焼酎蒸留器。江戸時代に薬油や酒類などを蒸留するのに用いた器具、「梟木」はさらし首をかけておく木、獄門台のようです。

「加餐」は、養生すること、健康に気をつけること、「時節柄御加餐ください」。

「晨星」は、 明け方の空に残る星のこと。

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