2017年7月30日日曜日

日夏耿之介「伝説の朝」「痴情小曲」

 きょうも『転身の頌』から二つ詩を読みます。

   伝説の朝

古伝の春の朝まだき
あまた郡民のまづ臥し匿れて
血汐吐く玉冠も
顔色(いろ)蒼白めし古塔の破風(はふ)も
姦妊の宵の内扉(うちど)も
石級下に泪(なんだ)さしぐむ処女林も
すべて心暖かき春の日の光うれしみ興じ
浪漫底格(ろまんちく)の絹衣 古雅のうち被(かづ)き
悠久の姿力(すがた)あり 現界(ここ)にあらはる
かかる祈り
樹の間に来啼く紅樹歌童(うぐひす)の
いと快くいと婉雅なる
されどまた弾力ある顫音(せんおん)を心に聴く歟
烏乎(ああ) 伝統の美と
美より生れし異(あや)しき生命(いのち)とを讃美す

   ◇

「破風」=写真、wiki=は、東アジアに広く分布する屋根の妻側の造形のこと。もともと切妻造、入母屋造の屋根の妻側部分を広く示す名称です。

屋根の平側に、ドーマーのようにあえて部分的に切妻造の屋根をつけ、破風として屋根装飾を施す例が日本の神社や城郭建築に見られます。

「石級」は、石の階段、石段のこと。「この石級は羅馬(ローマ)の乞児(かたい)の集まるところなり」(鴎外訳「即興詩人」)

「処女林」とは、自然のままの森林、原生林のことです。


   痴情小曲

春のあしたの日も寒く
沈沈とものみな黙(もだ)す牢獄(らうごく)の
窓に靠(よ)り青き爪喰(つめは)む囚人(めしうど)か

真昼の街の片かげに
ちやるめらの音(ね)を在りし日に忍(しの)びては
白足袋(しろたび)の穢(よご)れも厭ふ売女かな

ながれて澱(よど)む悪水(あくすゐ)の
濁臭(だくしう)に白宵(ゆふべ)の唄をながめては
身の末を嘆(かこ)ち顔なる船子(ふなこ)かな

梵音(ぼんのう)みだる僧院の
内陣にかげとぼとぼと燃えかがむ
黄蠟(くわうらふ)のひびきを愛(め)でむ朽尼(くちあま)か

日は沈み
月出(い)でにけり

     ◇

「靠」には、寄りかかる、もたれる、という意味があります。

「船子」は、船長の指揮下にある人、水夫、船方。土佐日記に「楫取り、船子どもにいはく」とあります。

「梵音」は、五種清浄の音を発するという、梵天の王の声。読経や仏教の音楽の意で使われることもあります。



「黄蠟」は、蜜蜂から分泌され、蜜蜂の巣の主成分をなす蠟のことです。

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