2017年7月20日木曜日

日夏耿之介「堕ちきたる女性」「野心ある咳」

 きょうも『転身の頌』から二つ詩を読みます。

   堕ちきたる女性

昏黒(くらやみ)の霄(そら)たかきより 裸形(らぎやう)の女性(をんな)堕ちきたる
緑髪(かみ)微風(そよかぜ)にみだれ
雙手(もろて)は大地をゆびさす
劫初(ごふしよ)の古代(むかし)よりいままで 恒に堕ちゆくか
一瞬のわが幻覚(まぼろし)か
知らず 暁(あけ)の星どもは顔青ざめて
性急に嘲笑(あざわ)らふのみ

   ◇

「昏黒」は、ふつうは「こんこく」と読んで、日が暮れて暗くなること、日没のことをいいます。

「霄」は、大空、はるかな天。

「劫初」は、仏語で、この世の初めのことをいいます。


   野心ある咳

心 孤(ひと)つ身
たまたま泪(なんだ)に浴(ゆあ)みしけり
慄(ふる)へ揺くさまざまの血脈よ
聖(きよ)き刹那の法悦に色青さめし生命(いのち)の貌(おもわ)よ
もの哀しき前(さき)の世のまぼろしよ
ああ 野心ある咳(しはぶき)の音(ね)よ

   ◇

「揺く」(あよ・く)は、ゆらぐ、ゆれることです。「群玉 (むらたま) の枢 (くる) に釘刺し固めとし妹が心は揺くなめかも」(万葉集、4390)



「刹那」はもともと、仏教でいう時間の最小単位で、一つの意識の起こる時間をいいます。『正法眼蔵』には、「一弾指の間に六十五の刹那ありて」と、1回指を弾く間に65の刹那があるとされます。

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