2017年7月2日日曜日

日夏耿之介「晶光詩篇」

きょう読むのは「晶光詩篇」です。タイトルに「sweetnessは強調より生れ出づ。――ウオルタア・ペイタア」という添え書きがあり、短詩12編で構成されています。

霄(そら)は悲しび
遊星の眼を哭(な)きはらし
さめざめと
銀の泪(なんだ)す 卯月の夜!

地平は紫に暮れ
人在らず
雲駛(かけ)りゆけば
丘はしきりに小躍りすも!

秋の日 黄にただれ墜ちて
霊(こころ) まんまろく跼蹐(かが)みたり矣
万象(もの)の光亡(ほろ)びはて
呼吸(いき)だに陰影(かげ)もなきに!

こころの重錘(おもり)落ちたり
第三の小窓をあけ放てよ!
瑠璃いろの夏の世界を
爾(おんみ) ただ哀しき白鳥にてこと足らむ!

薄暮(くれがた)の街路 銀(しろがね)にひかり
雙刀(さうたう)の相交線(そうかうせん)をつくるなかに
雲よりうまれし一鳥(いつてう)は
嗟呼(ああ) かくありて惨死するならむ!

小さき鳩の叫びごゑ!
明色(めいしょく)の背景に起き臥しし
大きくたかく力つよき
わが呼吸(いき)のものかげ!

たましひは夜の月にやどる
黒瞳(ひとみ)には緑の髪にほひぬ
爾(きみ)が佳人(をみな)の銀鐶を巵(さかつき)に投じなば
あらゆる没落を感じずべき邪(か)

かぎりもなき悲哀を汲み収(と)り
かぎりもなき沈黙の壺に封じぬ!
いく世の春を睡(ねむ)りさり
なほわれは仲夏白日(なつのまひる)の清乱を恋ひしたふ

大気はあけぼのに酔ひて
黔(かぐろ)き家竝(やなみ)みだらにも波うてり
赤き木の実 地に墜ちしかば
旻序(あき)はつひに逝(みまか)りしか!

やはらかき雙(ふた)つの手 半霄(そら)をすべり来て
顫(ふる)へたる心をとらへぬ
泪(なんだ)の浴泉をたちいでて
かく美装(びさう)せるわれなり!

市民の跫音(あしおと)は恒にもの悲しくまろび
小鳥は哀憐(あいれん)の灯を
白日の虚空に点ず!
こころ一定(いちぢやう)にもとめやまねど

青く哭しめる
世のすべての女性(によせい)をかきいだかば
女人らはたえざる楽奏に嬉(うれ)しみ
かつは おどろおどろしき朝暾(あさひ)を嗤笑(わらは)む!


「晶」は、きらきらと輝く意。また、原子が規則正しい配置をとった鉱物の形をいいます。なぜか私は、現代の発光ダイオードの光を連想しました。

「霄」は、大空、はるかな天のこと。音読みは、ショウ、セウです。「卯月」は、陰暦四月の異名、卯の花月、夏の季語です。

「駛」の音読みは「シ」、訓読みはふつう「は-せる」「はや-い」で、馬を速く走らせるときなどに使われます。速く走ることの意で、「駛走」「急駛」などの単語もあります。「急駛せる車の逆風(むかいかぜ)に扇(あお)らるるが」(紅葉・金色夜叉)

「跼蹐」は「跼天蹐地」(きよくてんせきち)の略で、ふつうは「きょくせき」と読みます。おそれつつしんで、からだを縮めること。 「この不自由なる小天地に長く跼蹐せる反響として」(福田英子『妾の半生涯』、明治37年)

「重錘」は「じゅうすい」とも読まれ、特に分銅などのような錘(おもり)のことを指すようです。「瑠璃いろ」は、やや紫みを帯びた鮮やかな青。

「雙刀」は、中国の刀の一種で、一つの鞘(さや)に二つまたは複数の刀身が入っているものをいうそうです。

「鳩」の名は、パタパタと飛び立つときの音に由来するようです。「九」+「鳥」の「九」は鳴き声(クルッククゥー)からという説も。漢字「鳩」のキュウ(漢音)やク(呉音)も、鳴き声に近い感じがします。

古墳の石室から銀鐶が見つかった、というような話を聞くことがあります。ここの「銀鐶」とは古代、指などに付けた輪の形をした飾り、あるいは、玉や鈴にひもを通して肘のあたりに巻いた装身具のことでしょうか。

「巵」は「し」ともいい、むかし中国で使われた酒杯。鉢形で、両側に環状の取っ手がある大杯をいうそうです。

「仲夏」は、夏の3か月の中の月、陰暦五月の異名。「白日」は、真昼のこと、白昼。「白日夢」という言葉もあります。

「旻」は、「あきぞら」の意味。日光が淡く、心細い秋のそらをいいます。「旻序」は、秋節、つまり、秋季、秋の季節という意もあるようです。

「半霄」はふつう「はんしょう」と読み、中天、中空、半空、空のなかほど、などの意味だそうです。「美装」は、美しよそおい。『或る女』(有島武郎)には「生活の美装という事に傾いていた」とあります。

「跫音」は「キョウオン」とも読み、足音のこと。足音がかつかつと聞こえるさまを「跫音戛然」(キョウオンカツゼン)といいます。

「朝暾」は「ちょうとん」とも読んで、朝日、朝陽のことを指します。国木田独歩の『愛弟通信』に「真紅の朝暾瞠々として昇りそめたり」とあります。

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