2017年7月13日木曜日

日夏耿之介「ある跪拝のときに」「畏怖」

 きょうも『転身の頌』から二つ詩です。

   ある跪拝のときに

そば降る小雨は緑林(ぬすびと)のごとく忍び来て
泪(なんだ)の搾木(しめき)を捉へしか
ああ 追憶(おもひで)は身内に温流をめぐり
眼も赤く哭きはらし
息たえだえに
われは跪拝して 生存を感謝してあり
神よ おん身ぞ逝くべけれ

   ◇

「跪拝」(きはい)は、ひざまずいて礼拝すること。

「緑林」は、前漢の末期、王莽(おうもう)が即位した後、王匡(おうきょう)・王鳳(おうほう)らが窮民を集め、湖北省の緑林山にこもって盗賊となり、征討軍に反抗したという、「漢書」にある故事から、盗賊のたてこもる地、また、盗賊のことをいいます。

「搾木」は、2枚の板の間に植物の種子などを挟んで、強く圧力をかけて油をしぼり取る木製の道具。身をしぼられるようなつらい状態のたとえにも用いられます。


   畏怖

心の皮膚(はだ)青ざめ
あらき風を忌(い)む
熱き泪(なんだ) 心の眼(まなこ)より転(まろ)びいで
薄暮(くれがた)の流沙(りうさ)に交らひぬ
ああ 内なる火 赤赤と火(も)え立ちて
繊(かぼそ)きたましひの身を燬(や)きしか

われは西空(せいくう)に泛(うか)べる瀟灑(せうしや)なる新月を覩(み)たり
夜風は呼吸(いき)にわろければ
青き帽誇(ほこ)りかに飾りて
暖かき思念の寝床(ベツド)に忙がなむ
晨星(しんせい)はいつ消ゆべきか
夜半(やは)にも上る黒色の太陽あらめ
心の肌膚(きふ)は繊弱(かよわ)くして
叱嗟(ああ) いつか亡びむ身ぞ

   ◇

「燬」の読みは、キ、やく。やきつくす、火の勢いが激しいなどの意味があります。

「瀟灑」は、すっきりとあか抜けしているさま、俗っぽくなくしゃれているさま。

「晨星」は 明け方の空に残る星のことです。

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