2017年7月1日土曜日

日夏耿之介「癡者をして」「死と愛と」

きょうも『転身の頌』から二つの詩です。

   癡者をして

臨終(ほろび)ゆく王者の喔咿(ほほゑまひ)は哀切(かなし)くとも
その泪(なんだ) ことごとく透明なるを
多数(おほ)き市民の歓笑をしたはむは
なほ訖(つひ)に瞑目(めとぢ)て遁逃(にぐ)るがごとけむよ

癡者 われらをして
ただひとたびの孤寂(ひとり)あらしめよと祈る也

   ◇

「癡者」(おろかもの)の「癡」(ち、痴)は、仏教が教える煩悩のひとつ。愚癡(ぐち、愚痴)、我癡、無明ともいいます。 万の事物の理にくらき心をさします。仏教で人間の諸悪、苦しみの根源と考えられている三毒、三不善根の一つ、という意にも使われます。


   死と愛と

小胸ひろげて
死なむ哉
生命(いのち)は中有沓(ちゆううはる)かに翔(と)び
かの聡明(さか)しき星辰(ほし)に泊(やど)かるべき耶(か)
愛には天恵(めぐみ)あり
我に死あり

   ◇

「中有」は仏語で、四有(しう)の一つ。死有から次の生有までの間、人が死んでから次の生を受けるまでの期間を指します。7日間を1期とし、第7の49日までとされます。一般に、空中、空間の意味にも使われます。

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