2017年6月20日火曜日

日夏耿之介「Jouissance」

 きょうの『転身の頌』の詩は「Jouissance」。このフランス語の題は、手元の仏和辞典によれば、楽しみ、享楽、性的な喜び、快感、享受、享有、所有などの意味だそうです。

   Jouissance

われ讃美す
たしかなる自(みずから)のもちものについて
われは 最初にもつとも不可思議なる青春也
われは わが神のいと可憐なる侍童也
われは 嵐吹くがやうに 神よ 爾をおもひ
万物(もの)なべて大海のごとくに抱擁(いだ)きしめむ
われは わが生のかぎりなき持久性に感ず

わが力は 把手(はしゆ)なき玻璃(はり)の手斧にして
わが智は 煖炉の上に舞踏する黄蠟製傀儡(わうらふせいくわいらい)也
わが肉身は 街頭に渦巻く漏電にして
わが業績は 暴風のあしたの砂丘のごとく也
物欲をしてそれ自彊(みづから)にてあらしめよ

われは 孤(ひと)りなり
われは 青春(わか)く
われは 繊弱(かよわ)し
然れども われは 所有す
所有は五月の曲江(きよくかう)のごとく照りかがやき
孟夏の日輪のごとく撫愛(いつく)しむ


「把手」は、手に握る部分、取っ手。「玻璃」は、水晶あるいは、ガラスの異称。

「黄蠟」は、蜜蜂から分泌され、蜜蜂の巣の主成分をなす蜜蝋=写真、wiki=のこと。巣を加熱圧搾して採取します。主成分はパルミチン酸ミリシルなどのエステルで、化粧品やつや出し剤などの原料となります。

「傀儡」 (かいらい)は、操り人形、くぐつ。

自分の力は、取っ手のないガラスの手斧で、その智は、暖炉の上に舞う蜜蝋で作られた操り人形だというのです。

「自彊」はふつう「じきょう」と読み、みずから努め励むこと。「ひたすら自彊して倦(う)むことを知らず」

「曲江」は、唐の首都・長安の東南にある大池で、玄宗皇帝以来その周りは大歓楽街になっていたそうです。

杜甫は、宰相人事の発言に関して粛宗帝の怒りを買い、758年に地方へ追いやられました。その直前に、曲江を題材とした2つの漢詩を作りました。その1つから、70歳を「古希」と呼ぶようになったとか。



「孟夏」は、夏の初め、初夏、または陰暦4月の異称。

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