2017年6月9日金曜日

吉野弘「I was born」⑫

    夕焼け

  いつものことだが
  電車は満員だった。
  そして
  いつものことだが
  若者と娘が腰をおろし
  としよりが立っていた。
  うつむいていた娘が立って
  としよりに席をゆずった。
  そそくさととしよりが坐った。
  礼も言わずにとしよりは次の駅で降りた。
  娘は坐った。
  別のとしよりが娘の前に
  横あいから押されてきた。
  娘はうつむいた。
  しかし
  又立って
  席を
  そのとしよりにゆずった。
  としよりは次の駅で礼を言って降りた。
  娘は坐った。
  二度あることは と言う通り
  別のとしよりが娘の前に
  押し出された。
  可哀想に。
  娘はうつむいて
  そして今度は席を立たなかった。
  次の駅も
  次の駅も
  下唇をギュッと噛んで
  身体をこわばらせて――。
  僕は電車を降りた。
  固くなってうつむいて
  娘はどこまで行ったろう。
  やさしい心の持主は
  いつでもどこでも
  われにもあらず受難者となる。
  何故って
  やさしい心の持主は
  他人のつらさを自分のつらさのように
  感じるから。
  やさしい心に責められながら
  娘はどこまでゆけるだろう。
  下唇を噛んで
  つらい気持ちで
  美しい夕焼けも見ないで。


1959(昭和34)年に出された第2詩集『幻・方法』に入っている有名な詩です。「I was born」と同じように、「夕焼け」も、「生」の問題を扱っています。

「I was born」が普遍的な「生命」に焦点をあてているのに対して、「夕焼け」が対象にしているのは「人生」ということになるでしょう。

〈――蜉蝣(かげろう)という虫はね。生まれてから二、三日で死ぬんだそうだが それなら一体 何の為に世の中へ出てくるのかと そんな事がひどく気になった頃があってね――
 僕は父を見た。父は続けた。
――友人にその話をしたら 或日 これが蜉蝣の雌だといって拡大鏡で見せてくれた。説明によると 口は全く退化して食物を摂るに適しない。胃の腑を開いても 入っているのは空気ばかり。見ると その通りなんだ。ところが 卵だけは腹の中にぎっしり充満していて ほっそりした胸の方にまで及んでいる。それはまるで 目まぐるしく繰り返される生き死にの悲しみが 咽喉もとまで こみあげているように見えるのだ。淋しい 光の粒々だったね。私が友人の方を振り向いて<卵>というと 彼も肯いて答えた。<せつなげだね>。〉

「生まれてから二、三日で死ぬ」蜉蝣の生と単純に比べれば、人生は長い。でも、受身(I was born)で生まれてくるように、生まれてからも、法律や慣習、社会的なルールや倫理、他人の目や世間体などさまざまな受身的な要素にしばられながら暮らしています。

そうしたさまざまな受身的要素にさらされながらも、私たちは自分なりの生き方や幸せを探して暮らしているのです。そうしたルールや倫理にムシャクシャして反発してけんかしたり、逃げてはまた戻ったりしながら。中には、犯罪をおかしたり、自死の道を選んでしまうケースもあります。

  固くなってうつむいて
  娘はどこまで行ったろう。
  やさしい心の持主は
  いつでもどこでも
  われにもあらず受難者となる。

「夕焼け」の娘のように、「やさしい心の持主」であればあるほど、善良であろうとすればするほど、心の中にある倫理観や他人の目などさまざまなものに責められ、押しつぶされるような重圧にさらされます。そして、「われにもあらず受難者」となってしまうのです。

こうした人生の矛盾はどこからくるのでしょう。「生」とは、もともとそうした矛盾をはらんでいるものなのでしょうか。それとも人間という生物、人間がいま作り出している社会というものが不自然で、いびつな所以なのでしょうか。吉野の詩を読んでいるとしばしば、そんなところに考えが及びます。

とはいえ、詩「夕焼け」の最後は「美しい夕焼け」という自然へとひらかれていくし、「I am born」では、カゲロウの腹の中にぎっしり充満した卵の「光の粒々」が、輝きを放っています。読者である私はそれらに、ホッと救われる思いをいだきます。

ときに「責められ」、ときに「せつなげ」であっても、「生」は美しいのです。

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