2017年6月3日土曜日

吉野弘「I was born」⑦

     父

  何故 生まれねばならなかったか。

  子供が それを父に問うことをせず
  ひとり耐えつづけている間
  父は きびしく無視されるだろう。
  そうして 父は
  耐えねばならないだろう。

  子供が 彼の生を引受けようと
  決意するときも なお
  父は やさしく避けられているだろう。
  父は そうして
  やさしさにも耐えねばならないだろう。

詩集『消息』で、「I was born」の前に置かれている詩です。

父親と息子はたいてい、ある年齢にさしかかると互いに避けあったり、深い溝のようなものが生じるようになるものでしょう。この詩にあるような、「何故 生まれねばならなかったか」を深く問いかけ始めたころ、ないしは、女性や性に対してうしろめたいような特別な気持ちをいだく、思春期にさしかかるあたりからでしょうか。


〈 或る夏の宵。父と一緒に寺の境内を歩いてゆくと 青い夕靄の奥から浮き出るように 白い女がこちらへやってくる。物憂げに ゆっくりと。

 女は身重らしかった。父に気兼ねをしながらも僕は女の腹から目を離さなかった。頭を下にした胎児の 柔軟なうごめきを 腹のあたりに連想し それがやがて 世に生まれ出ることの不思議に打たれていた。〉

「父に気兼ねをしながら」も、大きくなった女性のお腹が気になって仕方のない「I was born」の少年。それは、思春期の最中にある13、14歳くらいでしょう。「何故 生まれねばならなかったか」といったことを深く自問しながらも、決して「父に問う」ことはできずに「ひとり耐えつづけ」るナイーブな少年なのでしょう。

〈 少年の思いは飛躍しやすい。 その時 僕は<生まれる>ということが まさしく<受身>である訳を ふと諒解した。僕は興奮して父に話しかけた。
――やっぱり I was born なんだね――
父は怪訝(けげん)そうに僕の顔をのぞきこんだ。僕は繰り返した。
――I was born さ。受身形だよ。正しく言うと人間は生まれさせられるんだ。自分の意志ではないんだね――
 その時 どんな驚きで 父は息子の言葉を聞いたか。僕の表情が単に無邪気として父の眼にうつり得たか。それを察するには 僕はまだ余りに幼かった。僕にとってこの事は文法上の単純な発見に過ぎなかったのだから。〉

「I was born 」の発見。そこには、「<生まれる>ということが まさしく<受身>である」という、「世に生まれ出ることの不思議」を解く糸口になるやもしれないような驚きが、少年にはあったのにちがいありません。

それは同時に、「生」というものに対して父親に問いかける言葉を持ちあわせた瞬間、でもあったのではないでしょうか。「I was born 」という言葉の発見。それが「気兼ね」を越えてとっさに、「生まれ出ることの不思議」について父親に切り出すきっかけになったのです。

〈 父は無言で暫く歩いた後 思いがけない話をした。
――蜉蝣(かげろう)という虫はね。生まれてから二、三日で死ぬんだそうだが それなら一体 何の為に世の中へ出てくるのかと そんな事がひどく気になった頃があってね――
 僕は父を見た。父は続けた。
――友人にその話をしたら 或日 これが蜉蝣の雌だといって拡大鏡で見せてくれた。説明によると 口は全く退化して食物を摂るに適しない。胃の腑を開いても 入っているのは空気ばかり。見ると その通りなんだ。ところが 卵だけは腹の中にぎっしり充満していて ほっそりした胸の方にまで及んでいる。それはまるで 目まぐるしく繰り返される生き死にの悲しみが 咽喉もとまで こみあげているように見えるのだ。〉

息子の「I was born 」の問いに対して、父親のほうも、それに直接こたえるというかたちではなく、「蜉蝣」を引き合いに出した間接的な話で応じます。

それは母と子ではおそらくありえない、息子と父親ならでは「生」をめぐる対話でしょう。それも、この上なく深みのある親子のやり取りです。

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