2017年6月29日木曜日

日夏耿之介「魂は音楽の上に 」「心望」

 きょうも『転身の頌』から、詩を二つ読みます。

   魂は音楽の上に

魂(たましひ)は音楽の上に
狂ひ死したる女児(をみなご)の黒瞳(ひとみ)の追憶(おもひで)の契点(さなか)に
暛(ああ) わが生(せい)悉く色濃くもきらびやかに映れりき
わが怡悦(よろこび)はひそやかに茂林(もりん)の罅隙(ひまびま)を漫歩(そぞろあ)りく也

心の吐息(といき)を愛でいつくしめ
烏呼(ああ) わが七情(じやう)をばかの積雲の上に閃きいづる
賢き金星に鉤掛(かぎか)け
肉身(にくしん)は四月の夜の月光の香気中(にほひもなか)に溶解(とけ)しめよ

   ◇

「罅隙」は、通常「かげき」「こげき」と呼んで、氷河や雪渓の割れ目、クレバス、裂け目、割れ目、亀裂などの意味で用いられます。

「七情」は、7種の感情。「礼記(らいき)」では、喜、怒、哀、懼(く)、愛、悪、欲。仏教では、喜、怒、哀、楽、愛、悪(お)、欲をいいます。


   心望

あまたの泪 心ひとつにて
白日
神殿に額(ぬかづ)き祈る

こころ沈潜(しづ)み
肉は疼(いた)けれど
かく一心に瞑目跪坐(めいもくきざ)し礼拝する斯(こ)の我(み)也

嘻(ああ) 春の夜の朝ぼらけに
全き生活(いとなみ)の銀波だちいとたからかに唱(うたうた)ひ
果敢(いさま)しき揚雲雀ら来啼きそめて
若葉ども角(つの)ぐみ萌えいでては
あめ色の畦道(あぜみち)だも 泪にいとど霑(しめ)りぬる
こころは裸身 潔斎し
神よ 爾(おんみ)にぬかづきて
将(は)た なにものをも瞥(み)ず 聴かざる也

烏呼(ああ) 人間われらの泪をして
わが世を氾濫せしめたまへ
ねがはくは いまの時をして
奇蹟の上代(むかし)に復帰(かへら)しめたまへかし

我身をして さながら一本(ひともと)の艸本(くさだち)の根に復帰(かへら)しめたまへ

   ◇

「跪坐」は、ひざまずくこと。「仏間にはいって行き、跪坐合掌して念仏を称えたのだから」(里見弴「安城家の兄弟」)

「揚雲雀」=写真、wiki=は、空高く舞い上がってさえずっているヒバリ。繁殖期が始まるとオスが囀りながら高く上がり、縄張り宣言の行動を取ります。

「潔斎」は、神仏に仕えるため、酒肉や男女の交わりを避け、けがれた物に触れず心身を清らかにしておくこと。ものいみ。

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