2017年6月26日月曜日

日夏耿之介「ある刹那に諷へる歌 」「白き雪の上の大反射」

きょうは二つの詩を読みます。

   ある刹那に諷へる歌

清潔(きよ)き身(からだ) 世界大にふくらみて
心 おともなく力籠めて地球を押す
騒音なく 更改なく 乖離なし
爾(おんみ) 素樸(そぼく)なる地球よ
臥(ふ)し転(まろ)び
一瞬の後爾は聴かむ
わが体内より鳴りひびく微かなる時圭(とけい)の音を

   ◇

「刹那」(せつな)は、仏教の時間における最小の単位。その長さについては諸説あるようですが、一説には、指をひとはじき(弾指)する時間が、65刹那にあたると言われています。

人間の意識は、一刹那の間に生成消滅を繰り返す心の相続運動である、と説かれることもあるとか。

「諷」の読みは「フウ」。訓読みはよくわかりませんが、「節をつけてとなえる」という意から「とな」へる、と読んでおくことにします。



   白き雪の上の大反射

厳(いかめ)しきとどろきと
鋭利なるその肯定と
噫(ああ) 笑み傾けし太陽の
真白き雪(みゆき)の上の大反射
万有(すべてのもの)銀(しろがね)に甦り 上天(じやうてん)碧(あを)く沈着す

何者かあり かく仮装せしめしぞや
愕ろきて自(おのづか)ら魂の秘奥(おくが)を訪へば
震慴(しんせふ)して 羞明(しうめい)せり矣

何処(いづく)に混色ありや 広く高く大傾斜面高唱するを
喜悦(よろこび)にうち坐乗(のり)てわれ
瞑目し 散策すれば
最黝(いとくろ)き物象の最幺(いとちひさ)き銀色世界の存在哉

さらば 純一鋭雋(えいしゆん)の爾(なんぢ) 世界
臨終(いまは)の心態(こころ)もて 爾を頌がむ也

   ◇

「震慴」は、ふるえ恐れる、ふるえおののくこと。「羞明」は、強い光を受けたとき、不快感や眼の痛みを生じることをいいます。

雪は入ってきた太陽光をほとんど吸収することなく、散乱光として送り出します。すべての波長を反射したときに見えるのが白。それで、雪は白く見えます。

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