2017年6月24日土曜日

日夏耿之介「雙手は神の聖膝の上に」「空気上層」

きょうは『転身の頌』から「雙手は神の聖膝の上に」と「空気上層」の二つの詩です。

   雙手は神の聖膝の上に

雙手をあげよ
こころゆくまで
脈搏途絶えて
火(も)ゆる血行の ことごとく萎えはてむまで

天心たかく――眶(まかぶち)ひたと瞑(と)ぢて――
気澄み
風も死したり
ああ 善良(よ)き日かな

雙手はわが神の聖膝(みひざ)の上にあらむ

   ◇

「雙手」(そうしゅ)は、 両方の手、両手、もろて。「雙手を挙げて賛成する」などと使います。片手は、隻手(せきしゅ)。

「眶」は、目のふち、まぶち、まなかぶら、「小男の眶を痛く突きたりければ」〈今昔・29・30〉



   空気上層

空気上層を翔(かけ)る
人よ
衆庶(なんだち)なにものぞ
翼 烈風を截断(せつだん)して
手を拡げ 霊(たましひ) 陽光を吸ふ
点在するは弱少幺微(えうび)体。
普天にうごく神のおもみをわれ感ず

   ◇

「幺微」の「幺」(ヨウ)は、もともと糸束(いとたば)を描いた象形文字。絲(シ)を構成する糸は糸束に紐を結んだかたちですが、幺は紐の結びがない状態。糸から下部の小を省いた幺となり、糸たば、細い糸、糸の先、さらには、ちいさい、ほそい、かすかなものを表します。

そして、似た意の「微」と結びついた「幺微」も、小さい、細かいといった意味。ただ、「弱少幺微」というように、ここまで微弱なイメージの漢字を連なると、その細かさにも極めつくされたものの感があります。

*写真はwikipediaから。

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