2017年6月14日水曜日

日夏耿之介『転身の頌』序④

 きょうは『転身の頌』序の「四」と「五」です。



特に、科学の破産を経験し既成宗教の更改と其の新しき見方説き方に腐心する現代にあつて一部の注心を索いてゐる媒霊者らの提示した心象の諸問題は、上代煉金道人らの残して去つた不思議な心緒の自由な飛躍とともに、ブレイクの幻覚した小動物の精霊に関する描写や、イエイツがたまたまなる生霊徜徉の記録などに完き芸術上表現を得てゐるが、すべて表現に依る離脱、芸術に依る霊覚を経験した選ばれし人々のフレクシブルな心霊は、かうして、詩家稟賦の詩技の黄金の鍵により、久遠の国の関の扉をただ貧しい心持で一杯に押し開く。



詩技の事は稟性神賜であつて、後天の精進は、末梢を矯め直し、詩家純真の気稟をば、邪路に迷はぬやう、延延と快活に育むのに過ぎぬ。

専念の努力が遂に熟達の境に臻つた例は、画事に多く見るが、多くそれは、ある後天の生理、人為、偶発の障礙に匿され、長く仮睡してゐた本然の徳質がたまたまの精進により瞭確に闡明せられたに過ぎぬ。

この民主の時代に於て、心性鈍(うとま)しく真純の気稟に乏しい迷蒙不遜な民人が、軽佻な野望に駆られ劣材を頼んで芸術の神壇を蹂躙し汚損して憚らぬのは允し難い瀆神の一種である。

民に知らしむべからずとした本邦中世期の芸術的理想を今尚踏襲するものと迷断してはならぬ。

芸術は人間最高の心的活動の一である。

純劣不遜の民人が頓悟して此の祕壇を垣間見んとならば、若き沙門の修道の如き心にて其の知見の誇りを捨て芸術の理想の大旛の前に跪拝せよ。

秘壇の回転扉は十方の心貧しい巡礼をこばまない。

今の民主的理想を狂信する事深き輩は、神聖壇を象牙の塔よりささげ出でて巷の十字街に置く。これは許さるべき進展である。

然し、不遜と選賤劣との外に何物もない民人の凡ての安閑たる懶惰に便するために、彼等は全く芸術本然の不可思議性を閑却して何等かの型式に於て第二義芸術の制作に自足してゐる。

民人を愛撫せずして、民人の概念を愛撫する事に耽湎してゐる。

かくして民人は弥が上にも不遜と賤劣に堕してゆく。従つてそれらの理想は、誠に民人のためではなくて、『彼等の民人の概念』のために、芸術を劣等化して了ふ。

現代の民人は幸福にも、不真面目に腹這ひしてゐながら、懇切に口辺まで当てがつてくれる芸術家の芸術的食料品を不消化のまま呑み下す。

然し、遂に、最も善良な芸術は、必ずしも衆俗凡ての味解を待つことはできぬ。

足を投げ出した民人らに尊き芸術品の凡てを易く嗜むことは許されぬ。民主的時代の衆民は、心より芸苑に至るの道を知らぬ阻はれた思想上の賤民である。


「ブレイク」=写真、wiki=は、イギリスの詩人、画家のWilliam Blake(1757-1827)。銅版画職人。『ミルトン』の序詞「And did those feet in ancient time」に音楽が付けられたものが、事実上のイングランド国歌として知られています。

「幻視者」(Visionary)の異名を持ち、唯理神ユリゼンやロスなどの神話的登場人物が現れる『四人のゾアたち』など預言書と呼ばれる作品群で、独自の象徴的神話体系を構築しました。

「イエイツ」は、アイルランドの詩人、劇作家のWilliam Butler Yeats(1865-1939)。ロマン主義、神秘主義、モダニズムを吸収、イギリスの神秘主義秘密結社「黄金の夜明け団」のメンバーでもありました。

「徜徉」(しょうよう)は、気ままに歩き回ること、逍遥。「稟賦」(ひんぷ)は、生まれつきの性質、稟性、稟質。

「五」では「詩技の事は稟性神賜」つまり、詩をつくるとは、生まれつきの、天賦の性質、稟質で、神からの賜りものだ、といいます。

「頓悟」とは、長期の修行を経ないで、一足とびに悟りを開くこと。「旛」は、仏や菩薩などを荘厳、供養し、その威徳を標示する旗のことをいいます。

「第二義」は、根本的でないこと、さして重要でないこと。桑原武夫の「第二芸術 ―現代俳句について―」が出て、第二芸術論争がはじまったのは、この詩集が出て約30年後のことです。

『転身の頌序』が出版された1917(大正6)年には、ロシア革命が勃発しました。2年後の1919年(大正8)年には、耿之介の母校、早稲田大学で「民人(みんじん)同盟会」が発足。高津正道、浅沼稲次郎、稲村隆一らが参加して「デモクラシーの普及徹底によって新時代の埠頭に立つ」と歌い上げていました。

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