2017年6月11日日曜日

日夏耿之介『転身の頌』序①

きょうからしばらくの間、長野県南部、飯田市が生んだ詩人、日夏耿之介(1890-1971)=写真、wiki=の最初の詩集『転身の頌』を、おおまかに眺めておくことにします。

飯田市にある日夏耿之介記念館による解説には、耿之介について次のように紹介されています。

〈詩人、文学者、翻訳家として多彩な文芸活動を展開した日夏耿之介。日夏は、明治23年(1890)に、城下町の風情薫る下伊那郡飯田町で生まれました。独特の美意識に貫かれた詩風は識者の間で高い評価を受け、自ら「ゴスィック・ローマン詩体」と称します。早稲田大学、青山学院大学教授を歴任後、郷里飯田で晩年を過ごしました。〉

『転身の頌』は、早稲田大学文学部英文科を卒業した3年後の1917(大正6)年、耿之介が27歳のとき、家蔵版として刊行されています。なんとも、漢字の読みを追っていくだけでも四苦八苦してしまう難解な詩が並んでいます。

この詩集には、その時点における彼の詩論と目される長い「序」(一~十三)が付いています。とりあえず「序」から読み始めていきます。きょうは『転身の頌』序(一)です。


『転身の頌』序



凡そ、詩篇は、所縁の人に対して、実在が、そのまことの呼吸の一くさりを吹き込めたものの、或る機会の完き表現でなければならぬ。

それは、選ばれたものにも儘ならぬ、選ばれぬものへの宿命的示唆である。

媒霊者のない自動記書(オートラテイング)である。また言へば、天来の『智慧』である。詩家は霊感の浮橋に依つてのみ、しばしば、神の御国に歓遊する。

虫類の細微体から宇宙諸相の大いに臻(いた)る悉皆触目の存在当体は固より、かりそめにも人間の心緒に渦巻くあらゆる情感の揺曳は、詩人の対境として、遙かの国の内陣秘龕から賦与せられた『窄き門』である。

この不可思議の扉口を過ぎて、汪々と絶対の神の伊吹きが貫き流れる。現象界と、現象界から放散する薫香との二個から切り放たれたまことの神慮がはつきりとのぞみ観られる。

されば、霊感の受難週は、小やかな詩人の個体をも、易く神人融会の『賢人石』のなか深くに押し匿す。

かかる聖なる異香の流動は選ばれたものの全てを捉へて、入神(トランス)の中有境に投げ込む偉いなる虚空の手である。

    ◇

霊媒者などと呼ばれる人たちは、「死者の霊が下りてきた」などと無意識的にペンを動かしたり語りかけたりします。

日本では「神がかり」「お筆先」とも呼ばれていました。そうした「媒霊者」を介さない「自動記書(オートラテイング)」だと言っています。

当然、アンドレ・ブルトン(1896-1966)らシュルレアリスム(超現実主義)の詩人たちが試みた詩作の実験「オートマティスム(自動記述)」が念頭に置かれているのでしょう。



「龕(がん)」は、石窟や家屋の壁面に、仏像・仏具を納めるために設けられたくぼみ、あるいは、仏壇や厨子のことです。「入神(トランス)」とは、技能が上達して、人間わざと思えないようなな優れた域に達することをいいます。

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