2017年5月31日水曜日

吉野弘「I was born」④

 父は無言で暫く歩いた後 思いがけない話をした。
――蜉蝣(かげろう)という虫はね。生まれてから二、三日で死ぬんだそうだが それなら一体 何の為に世の中へ出てくるのかと そんな事がひどく気になった頃があってね――

詩「I was born」に出てくる蜉蝣は、カゲロウ目の昆虫=写真、wiki=の総称です。からだも翅も弱々しく、よくはかないものに喩えられます。


幼虫のときは、主に河川など流れのある淡水に棲む、トンボ、ホタル、タガメ、ゲンゴロウなどと同じ水生昆虫です。

早瀬や平瀬と呼ばれる流れが速く、浅いところの石の表面や裏側に、くっつくようにして生きていて、水に流されないように、押しつぶしたような平たい形をしているのも多いようです。

カゲロウは幼虫時代、ふつう10回以上の脱皮を繰り返します。幼虫から蛹にはならずに亜成虫となり、成虫にという半変態と呼ばれる特殊な変態をします。生存期間は、幼虫時代が数週間から数カ月以上と長く、亜成虫は1日程度、成虫は2~3日から1週間と短い。

幼虫が脱皮を終えると亜成虫となって陸上生活をはじめます。亜成虫は、見かけは成虫とそっくりですが、翅はくすんだ色をしていて、足や尾は成虫より短いのが特徴です。別の場所でもう一度脱皮してから透明な羽をもった成虫になるのです。

成虫は体長が1~2センチほどで、細長く弱々しい感じがする。頭には3個の単眼と、よく発達した1対の複眼があります。特にオスの複眼は大きく、上下2段の複眼のうち、上の複眼が“ターバン眼”と呼ばれる巨大な円柱型になる種類もあります。

触角は短く、口は退化していて、食べ物を摂ることはできません。亜成虫になった段階で、エネルギーとなるえさを摂るすべをすでに持っていないのです。

胸部は3節からなり、ふつう中胸と後胸にはそれぞれ1対ずつ、合わせて2対の翅があります。前翅が大きく後翅が小さいのが普通ですが、後翅が鱗片状に縮小しているものや退化して前翅1対だけの種もあります。
ほとんどの種が、翅を背中合わせに垂直に立ててとまります。脚はきゃしゃで細長く、とくに前脚は長く発達しています。

渓流では、カゲロウの幼虫は魚たちのえさとなり、羽化した成虫も水面でよく捕らえられます。そのため渓流釣りの餌として、フライ・フィッシングの疑似餌、毛鉤のモデルとしてもよく利用されるのです。

カゲロウと聞いて私が真っ先に思い浮かべるのが、「棲み分け理論」を提唱した今西錦司です。カゲロウは、たいてい渓流の流速や水質、底質などによって異なった地点に生息しています。

今西は可児藤吉と共同で、種によって棲む環境が異なるとともに、「流れが遅く砂が溜まるところには、砂に潜れるような尖った頭」「流れのあるところに棲む種は、泳ぐことに適した流線型の体」など違う形態をしていることを突き止め、それぞれが棲み分けた環境に適応して新たな亜種が形成されると考えました。

平安時代に書かれた藤原道綱母の『蜻蛉日記』の題名は、「なほものはかなきを思へば、あるかなきかの心ちするかげろふの日記といふべし」という一文からとられています。このころにはもう、カゲロウははかなさの象徴と考えられていたのでしょう。

鎌倉時代、兼好法師の徒然草(第7段)には「世は定めなきこそいみじけれ。命あるものを見るに、人ばかり久しきはなし。かげろふの夕を待ち、夏の蝉の春秋を知らぬもあるぞかし。つくづくと一年(ひととせ)を暮らす程だにも、こよなうのどけしや。飽かず惜しとおもはば、千年(ちとせ)を過すとも、一夜の夢の心地こそせめ」とあります。

兼好は、朝生まれて夕べには死んでしまうカゲロウや、夏を生きるだけの蝉と、のんびり一年を暮らす人間とを比べて、ただ人生が短いと思ったり、死にたくないと思って暮らしたら、千年生きても「一夜の夢」のようなものであろうといっているのです。

「はかない」とはいっても、幼虫時代も含むカゲロウの一生を通算すれば、半年から1年くらいにはなるわけだから、昆虫としては特別に短いというわけではないでしょう。

カゲロウは昆虫の中で最初に翅を獲得したグループに属すると考えられています。その最も古い化石は、石炭紀後期(約3億年前ごろ)といわれます。あの恐竜が地上に君臨するずっと前から、種としては、生きながらえてきたわけです。

「生まれてから二、三日で死ぬんだそうだが それなら一体 何の為に世の中へ出てくるのかと」と、詩のなかの「父」は話しますが、カゲロウという昆虫は人類よりはるかに長く、「世の中」に存在しているのです。

0 件のコメント:

コメントを投稿