2017年5月6日土曜日

北村太郎「五月の朝」①

今年のゴールデンウィークもあしたで終わりですが、きょうからしばらく、北村太郎の「五月の朝」を読むことにしましょう。

      五月の朝

  朝
  コップがひかる
  水がこぼれる
  バターをパンに塗る
  コーヒーいい匂い
  新聞をつぎつぎに読む 放火!
  愉快犯とは まったくすばらしい単語だ
  三方の窓のそとでヒヨドリたちが
  あまい声で啼くのもすてきだ
  うん開港記念日だな あさって
  ブラスバンドいっぱいの陽を浴びて
  塩っからい堤防のマーチを街じゅうに轟かすだろう
  とっても痛いめにあうところだったな
  やました公園で この冬の夜
  セコい中学生どもに蹴ころされたかもしれないのだぞ
  茫々たる髪と過去をきげんよく整えよう
  九時だ『悪の華』だ
  この安藤元雄訳を午前に読む習慣はなんたる快楽!
  どこかにあった一行<いとしい女〈ひと〉は裸体だった
  しかも私の心を知りぬいて>
  コーヒーいい匂い
  ヤバいおもい
  さんさんと 日は昇りつつある
  いかなる情念にとりこまれようともゆるせ
  かなたにひかる海よ


「五月の朝」は、月刊文芸誌『海』の1983(昭和58)年6月号に掲載されました。北村太郎が60歳のときです。その後、1985(昭和60)年に書肆山田から出版された詩集『笑いの成功』に収められました。

『笑いの成功』は、A5変型112ページ。函入布製。定価1600円。この詩集は「拍手」「白いコーヒー」「クチナシ」など25篇からなり、「五月の朝」はいちばん最後に置かれています。

この詩の一行目の「朝」の最初の音だけとると「あ」。そこから斜め下へと文字をたどっていくと、「あっこをいつまでも」となります。「も」から今度は左斜め下へとたどると、だ、い、「堤」の「て」、「痛」の「い」、た、い。

さらに「茫々」の「ぼ」、「九」の「く」。すなわち「だいていたいぼく」となります。同じようににして、「九」からまた斜め右下へ読んでいくと「のかわいいひとよ」です。

こうしてすべてを続けて読むと「あっこをいつまでもだいていたいぼくのかわいいひとよ」となります。若い恋人へのメッセージが隠された折句詩(アクロスティック)であることがわかります。

折句は、詩や文章のなかに本筋とは別の言葉を織りこむ“ことばあそび”の一つ。句や文のアタマの字を使って作られることが多いようです。その典型は、伊勢物語に出てくる和歌「唐衣きつつなれにしつましあればはるばるきぬるたびをしぞ思ふ」。

  からころも
  きつつなれにし
  つましあれば
  はるばるきぬる
  たびをしぞおもふ

頭文字をならべると、花の名「かきつはた」(カキツバタ)が折り込まれていることがわかります。谷川俊太郎の、「あいしてます」の折句が入った詩もよく知られています。

  あくびがでるわ
  いやけがさすわ
  しにたいくらい
  てんでたいくつ
  まぬけなあなた
  すべってころべ

北村は、自伝『センチメンタルジャーニー』(草思社)で次のように述べています。

〈ぼくの詩のなかに五、六篇だけれど、恋人へのメッセージを組み込んだ詩があるんです。たとえば原稿用紙の上から五番目の斜め左にずっと下っていくと「なにこチャン、ぼくは君を愛しているよ」なんて書いてある。いわば暗号の詩というか。そんないろんな詩の書き方を楽しんでいる。〉

「暗号」がどこかに隠れているかもしれません。そんなふうに注意して読むのも、北村の詩の楽しみです。

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