2017年5月14日日曜日

北村太郎「五月の朝」⑨

  九時だ『悪の華』だ
  この安藤元雄訳を午前に読む習慣はなんたる快楽!
  どこかにあった一行<いとしい女〈ひと〉は裸体だった
  しかも私の心を知りぬいて>

言うまでもないことかもしれないが、「五月の朝」に出てくる『悪の華』というのは、フランスの詩人シャルル・ピエール・ボードレール(1821~1867)=写真、wiki=の詩集です。


ボードレール唯一の韻文詩集で、象徴主義のはじまりを告げる歴史的な意味をもちます。

初刊は1857年。「憂鬱と理想」「悪の花」「反逆」「葡萄酒」「死」に区分され、序詩を含めた101篇が収録されました。

しかし、このうち禁断詩篇といわれる6篇(「宝石」「忘れの河」「あまりに快活な女に」「レスボス」「地獄に落ちた女たち」「吸血鬼の変身」)が、反道徳的だとして風俗壊乱の罪に問われて罰金処分を受け、これらの詩の削除を命ぜられます。

第2版は1861年に刊行。削除を免れた詩のほかに32篇を追加、配列を変更して全125篇を収録する。現在はこの第2版が定本となりました。ボードレールの死後に、友人たちが編集した第3版が刊行されています。

1866年に補遺詩集『漂着物』として刊行された作品を含めた152編が収められました。ただ、禁断詩篇の6篇は第3版にも入れられず、『悪の華・補遺』(1869年)に収録されています。

『悪の華』は日本でも、多くの詩人やフランス文学者によって翻訳されています。「安藤元雄訳」が最初に出たのは、1981年。集英社の『世界文学全集 42 ボードレールほか』に収められたものです。

「五月の朝」が発表された1983年には、集英社から単行本の『悪の華』が出版されました。1991年には文庫版が出ています。文庫版で安藤元雄はボードレールや『悪の華』について次のように解説しています。

〈その唯一の詩集『悪の華』は、初版が出るや否や風俗壊乱の罪に問われて罰金刑を宣告され、中で最も特徴的な詩を六篇も削除するよう命ぜられて、世間にはいわば悪名を方をとどろかせてしまった。

この罰金が払いきれなくて、ナポレオン三世の皇后に嘆願状を書き、まけてもらう始末である。継父は有力な軍人で、トルコ大使やスペイン大使をつとめ、最後には元老院議員にまでなった人だが、その継父に真向からそむいたのだから仕方がない。

生父ゆずりの資産がないわけではなかったのに、若いうちにあまり浪費をしたので準禁治産者あつかいとなり、死ぬまで後見人から僅かの定額を支給されるだけで暮さなければならなかったから、いつも窮乏していた。とうとう借金に追われてパリを逃げ出し、ベルギーに行って病に倒れる。

しかも誇りと自負は高く、若い一時期にダンディとして羽ぶりのよい生活もしたことがあるだけに、彼はいつも自分の置かれている状況について屈辱を感じ続けた。悲惨な一生と言わなければならないだろう。

にもかかわらず、そのたった一冊の『悪の華』が、その後のフランスの、ひいてはヨーロッパの、さらにはその影響を受けたもっと広汎な国々(その中にはむろん日本も入っている)の、詩の流れを決定した。

それは単にそれまでの通年的な詩の書き方をほんの少しばかり変えた(かりにそういうことがあればそれだけでもすでに大したことには違いないが)というような、なまやさしいものではない。

むしろ、詩というものについての根本的な見方、とらえ方に変更を迫ったのだ。あえて図式的に言えば、詩を書くという作業を水平にひろがることから垂直に深まることへと変えた。

ボードレール以前のロマン主義が、さらにそれに先立つ古典的、客観主義的な詩の理解の仕方への挑戦として、強烈な主観主義的態度を投げつけたのが事実だとすれば、ボードレールはそのロマン主義の主観そのものの根に問いをかけたと言える。〉

いずれにしても、詩を作ったころ太郎は、出版されたばかりの「安藤元雄訳」を「午前に読む」のが習慣になっていたのでしょう。

ところで、「いとしい女〈ひと〉は裸体だった/しかも私の心を知りぬいて」という詩句は、罰金処分を受けて削除が命じられた禁断詩篇のなかの「宝石」の冒頭に出てきます。「安藤元雄訳」ではつぎのようになっています。

     宝石

  いとしい女〈ひと〉は裸体だった、しかも、私の心を知りぬいて、
  音高く鳴る宝石だけを身につけていた。
  その絢爛〈けんらん〉豪華なよそおいの 誇らしげな姿と言えば
  幸福の絶頂にあるモールの女奴隷を思わせた。

  ゆらめきながらそれが鋭い嘲〈あざけ〉るような響きを立てると、
  金銀細工と宝石の この輝きわたる世界を前に
  うっとりと心を奪われ、狂おしいほどに私は愛する
  それら 音と光がまじり合っているものたちを。

  さていま 彼女は身を横たえて 愛されるままになり、
  長倚子〈いす〉の高みから嬉〈うれ〉しげにほほえみかけていた
  海のように深くやさしい私の愛が
  断崖〈だんがい〉に寄せるように彼女の方へのぼるのを見て、

  目をひたと私に据えたまま、飼い馴〈な〉らされた虎〈とら〉のように、
  茫然〈ぼうぜん〉と夢みる様子で彼女はしなを作ろうとした。
  すると あどけなさが淫〈みだ〉らさと一つになって
  移り変わるその姿に新しい魅力を添えて行った。

  その腕と言い脚と言い、太腿〈ふともも〉と言い腰と言い、
  油のようになめらかに、白鳥のようにしなやかに、
  私の晴れ晴れと見開いた目の前を通り過ぎた。
  また その腹やその乳房、私の葡萄〈ぶどう〉のこの房は、

  せり出して来た、「悪の天使」よりも甘ったるく、
  私の魂のおさまっていた休息を掻〈か〉き乱そうと、
  さらにはそれが静かに孤独に坐〈すわ〉っていた
  水晶の岩の上から 魂を追い立てようと。

  新しい図柄で つながってしまったような眺めだ
  アンティオペーの腰が 年端も行かない少年の上半身に。
  それほどに胴は細くて骨盤が張り出していた。
  褐色の浅黒い肌に頬紅〈ほおべに〉の何と綺麗〈きれい〉だったこと!

  ――やがてランプが力尽きて死んでしまうと、
  いまは煖炉〈だんろ〉の火が部屋を照らすばかりとなったので、
  それが焔〈ほのお〉の溜息〈ためいき〉をつくたびごとに、
  琥珀〈こはく〉いろのこの肌が血の中にひたるのだった!

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