2017年5月11日木曜日

北村太郎「五月の朝」⑥

53歳の男が親友の妻と恋に落ちた時、彼らの地獄は始まった――ねじめ正一の小説『荒地の恋』にも描かれ、すっかり有名になった、北村太郎、田村隆一とその妻をめぐる奇妙な“三角関係”をもう少し眺めておくことにしましょう。

太郎が家を出てはじまった川崎でのA子さん(田村和子)との「隠遁生活」は、長くは続きませんでした。

太郎はあちこち転々と居場所を変えながら、A子さんや「元の夫」とのついたり離れたりの関係が続いていきます。

そのヘンについて『センチメンタルジャーニー』には次のように記されている。


〈そこにいたのは短い間でした。一九七八年(昭和五十三年)十月に移って、翌年の夏までしかいなかった。というのもすごい暑い家で、なかなか住み心地はいいんだけれど、とにかく夏暑い。

ぼくはいいんですけれど、A子さんは驚異的に暑さに弱い人だった。

それでそこから歩いて十五分くらいのところに、駅の傍に一軒、わりと広い家を捜し当てた。その家に夏に越して、三カ月くらい暮れまでいたんです。川崎のそのふたつの家で、結局一年ちょっといたことになる。そしてその年の暮れ、逗子に移ったんです。

それも複雑で、A子さんの元の夫が別の女性とできて小金井に住むことになったんです。むろんA子さんとは別れてはいないで、「俺は家を出るけれど、鎌倉の家は俺たちの家なんだから管理してくれ」という。女は家を大事にする。

そんなんで鎌倉の家とほど遠くない逗子に十畳の一間を借りて住んだわけです。大家さんがおばあさんで、気に入った。けれども、あくる年の一九八〇年(昭和五十五年)になったら、管理だけでは駄目だというんで、A子さんが家に戻るといいだしたんです。

結構です、帰ってくださいっていうことで、ぼくはおばあさんの家にとどまって、ときどき鎌倉からA子さんが来たししたんです。そのうちに面倒だから鎌倉に来ないかとなって、ぼくも逗子を引き揚げて、鎌倉の家の部屋を借りることにしたわけです。

その後もいろんな事件がおきて、A子さんの元の亭主が鎌倉に戻るといいだした。A子さんもひきうけざるをえないで、そうなるとぼくはまったくはじきだされる。ショックでしたけれど、とにかく元の旦那に会うのはいやだ。

で、ぼくの友人の若い夫妻が鎌倉の小町にいたから、小町へ移ることにしたんです。その間に元亭主とA子さんがよりを戻して、家野すぐそばに六畳、一畳半の風呂つきの洒落たアパートが空いているんだけれども、旦那も「北村、来いよ」っていうんで、かたすぐに越しちゃったんです。

とにかくぼくがはじきだされているわけです。A子さんの気持ちはよく分かる。不思議じゃない。別にけしからんとも思わなかった。元亭主と三角関係でいるという。いいときはいいんです。元恋人ということで一向にかまわない。けれども、やはり三人いっしょという不自然さはどうしようもない。

それで小綺麗で家賃も四万五千円と安くてなかなかいいところだったけれども、元亭主が百メートルも離れていないところにいるというのはどうもということで、加島に、「精神的に参ってしまったから、いいところ探してくれよ」と頼んだら、横浜は中区大芝台の六畳と三畳二間のアパートを見つけてきてくれたんです。〔中略〕

かみさんに「あなたなんか結婚する値打ちない」といわれたけれど、ひとり暮らしをして、本当にそうだなと思った。ぼくは家庭人というのは全然似合わない。こういう男が結婚するっていうのがおかしい。気がつくのが遅いと思った。

ひとり暮らしというのはじつに快適で、ひとりでいるありがたさっていうのを身に染みて感じた。けれどもどん底生活そのもので、窓をあけると墓場という環境だった。それで、金はないけれど若い連中と友達になったり、誰にもわずらわされなくて、楽しかった。〉

こうした、ひとりの開放感を身に染みつつ「若い連中」との生活を楽しんでいた最中の1983(昭和61)年、朗読会を通じて知り合った若い恋人へのメッセージを織り込んで作られたのが「五月の朝」でした。

  朝
  コップがひかる
  水がこぼれる
  バターをパンに塗る
  コーヒーいい匂い
  新聞をつぎつぎに読む 放火!
  愉快犯とは まったくすばらしい単語だ
  三方の窓のそとでヒヨドリたちが
  あまい声で啼くのもすてきだ
  うん開港記念日だな あさって
  ブラスバンドいっぱいの陽を浴びて
  塩っからい堤防のマーチを街じゅうに轟かすだろう
  とっても痛いめにあうところだったな
  やました公園で この冬の夜
  セコい中学生どもに蹴ころされたかもしれないのだぞ
  茫々たる髪と過去をきげんよく整えよう
  九時だ『悪の華』だ
  この安藤元雄訳を午前に読む習慣はなんたる快楽!
  どこかにあった一行<いとしい女〈ひと〉は裸体だった
  しかも私の心を知りぬいて>
  コーヒーいい匂い
  ヤバいおもい
  さんさんと 日は昇りつつある
  いかなる情念にとりこまれようともゆるせ
  かなたにひかる海よ

1回目で詳しくみた、この詩の中に織り込まれた「あっこをいつまでもだいていたいぼくのかわいいひとよ」という折句。どうやって作ったかといえば、おそらく、最初に組み込む言葉があって、後からまわりの言葉が現れてきたのでしょう。

「あっこ」というのがいかなる女性なのか私には分かりませんが、「あっこをいつまでもだいていたいぼくのかわいいひとよ」のそれぞれの文字が、周辺の言葉を構成されていく文を誘導し、中身や体裁がきまっていきます。

まさに、「愉快犯」ともいえる詩人の手口で作られているわけです。

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