2016年9月25日日曜日

コプラと「道」④

 「かつてこの心を
  とがめし情熱の棘
  抜け去りし時より
  はや心をも感じえず」
 “En el corazón tenía
  la espina de una pasión;
  logré arrancármela un día:
  ya no siento el corazón.”

マチャードの詩「僕は夢心地に行く(Yo voy soñando caminos)」のなかに出てくる、人生のたとえとしての「道」は、マチャードの詩に再三登場するテーマです。

詩人は、時の流れにそって人間をとらえようとするとき、その最も適したイメージの一つを「道」に見いだします。

人生は旅。旅人の1人である詩人は「夢心地で」、「うたいつつ」道を行くのです。

詩集『カスティーリャの野』には、スペイン人ならだれもが口ずさめる、ともいわれるマチャードの代名詞的なコプラも組み込まれています。

  道ゆくひとよ きみの足跡こそが
  道なのだ ほかにありはしない
  道ゆくひとよ 道などないのだ
  歩くことで 道はつくられる
  Caminante, son tus huellas
  el camino y nada más;
  caminante, no hay camino,
  se hace camino al andar. 

帰らざるとき、ともいえる永遠のテーマが「道」というイメージのなかで語られています。

ひとたび道を歩いたならば、もはや歩かなかったことにはできません。ふたたび歩き直すこともできないのです。

道は足跡でしかないのです。歩くことでしか、道をつくることはできません。

「道」は1人の人間の人生を指すだけにとどまらず、いまやすべてを失ってしまったスペインという祖国の歴史にもつながるのでしょう。

もはや「黄金の世紀」にもどることも、歴史をさかのぼって異なる道を歩き直すこともできはしません。

ただ、これからを歩くことによってしか、道を、歴史をつくることはできないのです。

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