2016年5月1日日曜日

『孤独(Soledades)』

モダニズムの精神は「98年世代」の作家の文学の潮流とも基本的には合致して、若い詩人たちの心を激しくとらえました。

こうしてマチャードやヒメネスらの詩作は、ルベン・ダーリオの強い影響のもとに出発することになったのです。しかしマチャードは、やがてモダニズムの影響から離れ、独自の道を求めるようになります。

詩人としての内面的な感情が表現形式を求めて模索していた時期に、たまたまルベン・ダーリオという輝かしいモデルニスタの出現に出あい、その華々しい衣装をまとって発表したのが第1詩集の『孤独(Soledades)』でした。


しかしその後、詩が生まれてくる母胎は自らの精神であって、言葉の音色や色彩や入りくんだ情緒は枝葉末節に過ぎず、自分で物事をどのように見るか、自らの精神を通して世界をどのようにとらえるかのほうが、より根本であり重要だとマチャードは考えるようになっていったようです。

そこには、彼自身の生来の気質が絡んでいるとともに、思想を共有するウナムーノの影響も大きかったと考えられます。

そしてソリアでの5年間によってマチャードは、祖国とは何か、現実とは何かを見据える目と心を養いました。

自らの孤独の世界の中に閉じこもって美しい夢想にふける青年は、カスティーリャの荒涼とした大地に情容赦なく放り出されたことで、否応なしにイデオロギーの転換を強いられたといってもいいのではないでしょうか。

では、こうした転換を詩人としてどうのように成し得ていったのでしょう。客観的に外界を観察して事象の内部に浸透しようとすると事物はたちまち崩れ去り、残るのは依然として主観的な自己だけです。

詩集の序文にもうかがえるように、それならば主体と客体とを入れかえ、外界の事象がわれわれの内部に浸透したときに主観は消失し、客観が生まれるとマチャードは考えたのではないだろうか。

自分という主観的なフィルターをかけた網膜がとらえた現象だけを表現する立場から、フィルターなど一切取っ払い、外界の事象が自己を透りぬけるままにさせて、それがそのまま詩作品として結晶します。

詩人として実にあやうい、自己喪失のリスクをはらむ崖っぷちに立つ道をマチャードは自ら選んだことになります。いずれにしても、「98年世代」としてのマチャードの歩みは、まずはモデルニスタとしての色彩を消すことから始まったのです。

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