2016年5月14日土曜日

ルポルタージュ的性格

橋本一郎はその著『ロマンセーロ』の中で、スペインのロマンセや叙事詩の特徴として、民衆の歴史を写し取った写実的、ルポルタージュ的な性格をあげています。

スペインの中世は、南部のイスラム勢力と北部のキリスト教諸国との抗争の歴史でした。

キリスト教徒の側から見ればこの抗争は、侵略され奪い去られた国土の回復であり、国土の再征服運動(レコンキスタ)=写真=でした。

当時高い水準を持っていたイスラム文明は、レコンキスタを文書に記録し、その中核であったカスティーリャ王国は、レコンキスタの運動を叙事詩に記録し、歌いました。


12、13世紀のころ、叙事詩は頂点に達する。それを支えたのは、文字文化を知らないカスティーリャの民であり文化的土壌だったのです。

もちろん当時の上層階級は、ラテン語を使って文書を作り、手紙を書いていました。しかし、それは大衆とは無縁なもので、ラテン語の史書は血も涙もない歴史の骸骨でしかありません。

血も涙もある英雄をいきいきと再現するには、話しことば(ロマンス語、すなわちロマンセ)の歌、叙事詩が必要でした。

カスティーリャという地名は、城を意味する「カスティーリョ」に由来する。そこにはイスラムの侵略軍を防ぐ国境の城がたくさんありました。

カスティーリャの南には広い無人の荒野があり、そのはずれに国境の町として戦場になっていたメディナセリの町があります。

ここに住んでいた吟遊詩人の手でまとめられた叙事詩が『わがシッドの歌』であり、作られたのは1110年~1140年ごろのこと。聴衆にはまだ戦いの記憶がなまなましく残っていました。

「戦闘があると、その模様をのべた短い報道の歌がつくられ、それがまとまって長編になった。長編になっても、もとの報道性は残っていた。スペインの叙事詩が写実的なのはそのためである。

それは『ローランの歌』を筆頭とするフランスの叙事詩の物語性ないし虚構性とよい対照をなしている。フランスの叙事詩は写本が多い。ほぼ完全なものだけで90編を超える。

スペインで完全に残った写本は『わがシッドの歌』だけだ。これは作品の量の差のみではない。フランスものが始めから歴史小説であり、スペインものがルポルタージュ文学だったためだ。

小説は書かれた作品で、当然作者がある。『ローランの歌』の作者テュロルド以来、かなりの詩人名がわかっている。スペインの叙事詩人で名前がわかっている人はひとりもいない。報道記事は無署名の時、かえって公正で客観的なものとなるからである」 と橋本は指摘しています。

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