2016年5月12日木曜日

晩生の果実

スペイン人は対象を直覚的に把握し、それを衝撃的な表現に委ね、文体や形式の洗練に意を用いない傾向があるといわれます。

一つの作品を徹底的に深化させ、その完成度を高めることより、多くの作品に瞬発的な才知のひらめきを発揮するほうに長けているというわけです。

例えばフランスの『ロランの歌』=写真=が各詩行10音綴を厳守しているのに対して、スペインの『わがシッドの歌』の詩行は最短10音綴から最長20音綴とまちまちです。

また押韻も、前者が、同音韻つまり各詩行最後のアクセントのある母音およびその後の母音と子音が全く同一と、手が込んでいるのに対して、後者は、行末のアクセントのある母音(と最後の母音)だけによる類音韻。

技巧的により簡単な類音韻になっていく傾向は、主としてロマンセや詩劇を介してスペイン文学全体を貫いていくことになります。


牛島は、スペイン語の「晩生の果実(fruto tardío)」という言葉に注目します。

「ヨーロッパ諸国の文学のなかですでにすたれてしまったジャンルが遅れてスペインに移入され、それが異なった時間的・空間的環境ゆえに、独特の興趣を帯びた文学となって実を結ぶこと」 を指しています。

例えば16世紀のヨーロッパではすでに中世騎士道の礼儀作法を示すマニュアル的な存在になっていた騎士道物語が、スペインでは新大陸発見という歴史的な熱狂の時代に大流行するというようなケースのことです。

「晩生の果実」は外国から入って来た文学に限りません。

スペインに以前から存在していたものが、ある種の色付けをされ、時により活気を帯びて、再び、あるいは繰り返し立ち現れる。この場合に「晩生の果実」は、「継続性」となるわけです。

各詩行8音節、偶数行押韻のロマンセはまさに、この「継続性」を象徴する詩形式なのでしょう。

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