2016年4月8日金曜日

決して味わうことのなかった青春

1898年、マチャード兄弟は、懐かしいグラナダやセビリアを旅行し、生まれ育ったラス・ドゥエニャスの館も訪れています。それは、スペインが米西戦争に惨敗し、すべての植民地を失った屈辱的な年でもありました。

物質的にも精神的にも弛緩し、衰退の途をたどってきたスペインの結末でした。このスペイン惨敗の年、マチャードは「1898年世代」としての活動の原動力ともなる「決して味わうことのなかった青春(Juventud nunca vivida)」を送らざるを得ないという、宿命を自覚することになりました。


幼い日に思いをはせた次の詩は、そんな時代状況が色濃く反映しているといえるでしょう。

春がキスをする
柔らかく 木立に
新たな緑が芽吹く
もくもくとあがる煙のような緑
雲が過ぎ去っていった
若々しい野の上を
私が震える葉のなかに見た
冷たい4月の雨
花盛りのアーモンドの木の下
花でいっぱいになった
-想い出-を私は呪った
愛のない青春
人生の途上にあるいま
思い巡らすことはやめさせられた
青春は生きてはいない
誰がふたたび夢を見られよう!
La primavera besaba
Suavemente la arboleda,
y el verde nuevo brotaba
como una verde humareda.
 Las nubes iban pasando
sobre el campo juvenil...
Yo vi en las hojas temblando
las frescas lluvias de abril.
 Bajo ese almendro florido,
todo cargado de flor
-recordé-, yo he maldecido
mi juventud sin amor.
    Hoy, en mitad de la vida,
me he parado a meditar...
¡Juventud nunca vivida,
quién te volviera a soñar!

当時のスペイン全体の精神的状況について「1898年世代」の作家の1人、ピオ・バロハ(Pío Baroja)=写真=は、次のように記しています。

「民衆の生活のほとんどすべての秩序が拒まれた。この時代、リベラルな言動をする大半は私的な生活や文学の中に避難していた。(Rechazados en casi todos los órdenes de la vida pública, los jóvenes de profesiones liberales de este tiempo tendieron en su meyor parte a refugiarse en la vida privada y en la literatura. )」。

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