2016年4月30日土曜日

Ⅰ期とⅡ期との間の“突然変異”

ところで、詩人としてのマチャードの人生をたどるとき、通常は、大きく三つの時期に分けて考えられることが多いようです。

Ⅰ モデルニスモの洗礼を受けて詩人として出発した初期(1899~1907)

Ⅱ モデルニスモ的な色彩を自ら取り除き、詩人としての独自の存在を確立した中期(1907~1917)

Ⅲ 哲学的な傾向を帯びてくる後期(1917~1939)

です。このように分類したとき特徴的に見えてくるのは、Ⅰ期とⅡ期との間に、断絶といってもいいほどの大きな作風の変化が見られることです。


詩人で、アントニオ・マチャードの研究家としても知られるアンヘル・ゴンサレス・ムニュス(Ángel González Muñiz、1925~2008)=写真=は、次のような見方をしています。

マチャードの詩を、モデルニスモ詩人ルベン・ダーリオは、「神秘と沈黙」と評した。マチャードは内面的、抒情的で、象徴主義的な夢想によらないものには関心をもたなかった。そんなマチャードが、深いカスティーリャ体験によって突然変異を起こした。自分自身の思うところについて確信を持って表現することを恐れなくなったのである。そして、マチャードはとうとう、飾り気なしに、教育や愛国の自由な体制をつくる倫理的な再生主義者であることを表明するようになるのである 。

ここでいう「突然変異を起こした(mutó)」とは、どういうことなのでしょう。

それは、まさにマチャード自身が『カスティーリャの野』の序文で言っている「ソリアの地での5年間は、いまの私にとっては、神聖不可侵なものである。そこで私は結婚をした。そこで、私の妻を、崇拝する人を失った。そして私の眼を、私の心をカスティーリャの本質へと向けた」というカスティーリャ体験であり、ソリアの生々しい現実のなかでのさまざまな人と出あいによるものであったに違いありません。

マチャードの詩作は、これまでにも見たようにフランスの象徴主義や当時の詩壇を風靡したモデルニスモ(モダニズム)の洗礼を受けてはじまりました。

モダニズムは1883年から85年ごろ、キューバのフリアン・デル・カサール、メキシコのナヘラ、コロンビアのシルバらラテンアメリカ各地の若い詩人たちが、それまでのロマン主義や象徴主義的な作品をもとに、言葉と感覚の変革を試みたものです。

つまり、ロマン主義の表現性や象徴主義の内省の深さ、創作の意識性のうえに、従来にない繊細な感覚による探求と言葉の音楽性の追求をしたわけです。

その代表的詩人、ニカラグアのルベン・ダーリオ(Rubén Darío 、1867~1916)は、詩の豊かな内容と形式で、いままでにない言葉の韻律やこれまで言葉にされたことのない感動を大胆に自由に表現しました。

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