2016年4月27日水曜日

広大なるカスティーリャ!

これまで見てきたように、アントニオ・マチャードはレオノールとの生活の中から、『カスティーリャの野』を生み出しました。これからしばらく、彼の代表的な詩集となる『カスティーリャの野』の構成や特徴について考えていきます。


 「時たま見かけるものとては果てしなく続く平原だけの荒れ地が、何マイルにもわたって続いている。そして平原は小麦の緑色、あるいは刈り田の黄色で彩られる。ゆったりと間をおいて並んでいる厳しい常緑の陰うつな樫の木、あるいは一様な頭をもたげた物悲しい松の単調で重々しい行列が展開される。

時おり、なかば乾いたような貧しい沼、あるいは清澄な川の岸辺に、幾本かのポプラが立ち、それらは果てしない孤独の中で、強く深い根を張る。たいていこれらのポプラは、人間にこう語りかけている。

すなわちあそこには、多くは干乾しれんがで作られた村が平原の中で太陽に向かって広がり、太陽によって焼かれ、氷によってなめされ、青い空の中にその鐘楼のシルエットを描きながら存在する、と。

たいていの場合、背景には山脈の背骨が見えるが、近づいてみると、それははりえにしだとヒースが、折れ曲がった羊歯の上にその黄と赤の花をまき散らしているような、木立ちにおおわれてきびの形をした緑の新鮮な円形の山ではないことが分かる。

それらは、骨ばってごつごつした岩から成る支脈、そそり立つ岩山であり、渇きのために亀裂の生じた地層をむき出しにした、哀れな雑草におおわれた丘である」

 「1898年世代」が探っていた「カスティーリャの野」の姿を、ミゲル・デ・ウナムーノは主著の一つ『生粋主義をめぐって』(En torno al casticismo、1895年)=写真=でこんなふうに描いて、「広大なるカスティーリャ! この空いっぱいに広がる石化した海の物静かな悲しさのまた何と美しいことか!」と叫んでいます。

アントニオ・マチャードの『カスティーリャの野(Campos de Castilla)』は、タイトルの通り、「98年世代」が背負うことになった、こうした「カスティーリャ」に対するマチャードの体験と問題意識が色濃くあらわれている詩集、ということができるでしょう。

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