2016年4月11日月曜日

キリスト教による統一

ここまでマチャードの青年期までをたどってきましたが、ここで再びスペインの歴史のほうに目を転じます。マチャードの母国スペインはもともと、カトリック両王=写真=によって成立されたとされました。

カトリック両王とは、アルゴン王フェルナンド2世(在位1479~1516)とカスティーリャ女王イサベル1世(在位1474~1504)の2人の通称です。


カトリック王の称号は、イベリア半島最後のイスラム国であるグラナダを征服したのを讃えて、ローマ教皇アレクサンデル6世からおくられました。

スペインの歴代の王はその後もしばしば「カトリック王」と呼ばれることになります。新体制の柱になったのは「カスティーリャ」でした。

両王は一貫して王権の強化と優位確立を追い求め、巧みな均衡に乗った強権政治を進めていきます。

国土回復戦争の完結を意味することになるグラナダ王国の征服、近代史の幕開けを告げるアメリカ大陸という「新世界」との遭遇。

両国のヨーロッパへの回帰につながるイタリア南部の支配強化など、スペインだけでなく、その後の世界史をも決定づけるような政策がいずれも成功裏に運ばれることになります。

両王は、新体制の基盤をキリスト教による信仰の統一に置きました。このため中世以来の伝統を破り、ユダヤ教徒やイスラム教徒に、改宗か国内退去かの選択を迫りました。

さらに、高位聖職者の一部の協力を得て、いち早く教会の刷新を進めます。これによって、後にドイツやフランスで起こったプロテスタント革命による混乱を避けることができたのです。

しかし一方で、キリスト教による信仰の統一のもとに歩むことになったスペインでは、カトリシズムが何世紀にもわたって、近代のさまざまな領域における世俗化や近代化のプロセスを妨げることになります。

原則的で根本主義的な、そして無益な抵抗運動は、資本主義や自由主義、近代世俗国家、民主主義革命、社会主義などと戦ったのです。スペイン・カトリシズムは、反近代的な公共宗教の典型だったといえるのでしょう。

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