2016年3月22日火曜日

二つの「道程」⑩

愛した女性だけでなく、ほかにも光太郎とマチャードには似たところが多いように思えます。たとえば、大きな父の存在です。

高村光雲=写真、wiki=という明治の木彫の大家の長男として生まれた光太郎は、父と同じ彫刻家の道を歩みながら、その権威や江戸以来の職人的なやり方とことごとく対立していきます。


一方、マチャードの父アントニオ・マチャード・イ・アルバレスは、フラメンコや民謡の研究で有名な民俗学の権威。マチャードはその影響を強く受けて育ち、父の研究に関係すると思われる作品もたくさんあります。

しかし、どん底の危機と切迫した動乱の中、アカデミズムに身を置くことを潔しとせず、詩人として、共和主義者として、現実に身を置き、言葉を発してゆく道を選びます。

そして、彼ら「道程」の詩人たちはやがて大きな戦争に巻き込まれ、二人とも計り知れない挫折感を味わうことになるのです。

第二次世界大戦で光太郎は、大政翼賛会中央協力会議の委員や日本文学報国会詩部会長を務め、戦争を賛美する多くの詩を書きました。

それによって多くの若者を死に追いやってしまったという自責の念で、戦争直後から岩手県の山村で孤独な自炊、自活の生活を送ります。

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