2016年3月20日日曜日

二つの「道程」⑧

「自然」は、人間の生と一体のものでありまた、「日本人である」「スペイン人である」といった自らのアイデンティティを確認する拠り所ともなります。

詩集『道程』の3番目に出てくる「根付の国」では、そうした「自ら日本人であることを再認識し、日本人として生きようとする屈折した心情」(堀江信男『高村光太郎論 典型的日本人の詩と真実』)がうたわれています。

頬骨が出て、唇が厚くて、眼が三角で、名人三五郎の彫つた根付の様な顔をして
魂をぬかれた様にぽかんとして
自分を知らない、こせこせした
命のやすい
見栄坊な
小さく固まつて、納まり返つた
猿の様な、狐の様な、ももんがあの様な、だぼはぜの様な、麦魚(めだか)の様な、鬼瓦の様な、茶碗のかけらの様な日本人


一方、『カスティーリャの野』にも、マチャードがスペイン人の「自画像」を鋭く描き出した、少々どぎつくも思われる描写が随所に見られます。たとえば次にあげるのは、「Por Tierra de España(スペインの地へ)」 という詩の一部です。

Pequeño, ágil,sufrido, los ojos de hombre astuto,
Hundidos, recelosos, movibles; y trazadas
cual arco de ballesta, en el semblante enjuto
de pómulos salientes, las cejas muy pobladas.
(小柄で身軽く、我慢強い男、抜け目のないその目は
窪み、疑い深く、よく動く、そして
頬骨の出たほそ面に、太く濃い眉が
大弓のアーチを描く)

Abunda el hombre malo del campo y de la aldea,
Capaz de insanos vicios y crímenes bestiales,
Que bajo el pardo sayo esconde un alma fea
esclava de los siete pecados capitales.
(野や村に悪しき人が溢れる
不健康な悪徳や獣じみた罪を犯すことができ
黒っぽい野良着の下に醜い魂を隠す者
七つの大罪の奴隷)

0 件のコメント:

コメントを投稿