2016年3月15日火曜日

二つの「道程」③

国の再生のためマチャードら「98年世代」が探し求めたのは、大帝国時代の華やかな歴史ではなく、スペインにもともと宿り再生のよりどころとすべき魂でした。

とりわけ彼らは、大帝国時代には顧みられなくなっていたスペイン中央部の険しい地形に覆われたカスティーリャ地方の「自然」に目を向けたのです。

夏は太陽が容赦なく照りつけ、冬は体の底まで凍てつかせる厳しい高地。スペイン語の故郷であり、文豪セルバンデスの『ドン・キホーテ』の冒険の舞台にもなった赤茶けた殺風景な世界です。

1907年にマチャードは、フランス語の教師として生まれ故郷とは全く異なる風土のカスティーリャへ赴任します。そして、その自然とそこに暮らす素朴な人たちに愛情を抱きます。

詩集『カスティーリャの地』は、荒涼とした風景とそれに投影されるスペインの姿を深い叙情の調べで歌いあげるとともに、二重、三重の風景に導くことで、そこに歴史的解釈も重ねていきます。


たとえば詩「A orillas del Duero(ドゥエロ川のほとりで)」では――。

El Duero cruza el corazón de roble
de Iberia y de Castilla.
¡Oh, tierra triste y noble,
la de los altos llanos y yermos y roquedas,
de campos sin arados, regatos ni arboledas;
decrépitas ciudades, caminos sin mesones,
y atónitos palurdos sin danzas ni canciones
que aún van, abandonando el mortecino hogar,
como tus largos ríos, Castilla, hacia la mar! 《注3》
(ドゥエロは イベリアとカスティーリャの
樫の芯を貫き 流れる。
ああ、悲しく 気高い大地よ!
高原と 荒野と 岩だらけの大地、
鋤を容れず 小川もなく 雑木も生えない原野、
衰微していく町々、旅籠のない街道、
驚きは顔にしても、踊ることも 歌うことも忘れた 田舎の住人たち、
彼等は 火種の絶えた竃を見限り、
カスティーリャよ、そこを流れる長い川のように、
ただ 海へ向かい 流れていくのだ。
=訳は、石田安弘編訳『アントニオ・マチャード詩集』から)

カスティーリャの「悲しく、そして気高い大地」の低迷した現実を、その「高原と 荒野と 岩だらけの大地」「鋤を容れず 小川もなく 雑木も生えない原野」「衰微していく町々、旅籠のない街道」などの風景とともに、詩人の胸によみがえる過去の追想によって際立たせています。

過去の栄光と、現在の衰退のコントラストを読者に鮮明に浮き上がらせ、詩人は祖国の運命の沈痛な瞑想にふけるのです。

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