2016年3月12日土曜日

ロマンセの伝統

日本ほど詩の作者が多い国は稀なのではないでしょうか。といっても現代詩ではなく、おもに伝統的定型詩である短歌や俳句のことですが。

万葉のむかしから1300年たっても、皇族から庶民まで広く詠まれている短歌。1000万人が作っているともいわれる俳句。数知れない結社の歌会や句会があちこちで開かれ、カルチャーセンターには実作の講座がずらり、盛況のようです。

短歌や俳句のような短詩ではありませんが、スペインでも、他のヨーロッパ諸国ではとっくに滅んでしまった「ロマンセ」という伝統的な詩が、いまも文学のジャンルの一つを成し、詩人たちによって歌い継がれています。

ロマンセは各行8音節で偶数行のみが韻を踏んで歌われる、『わがシッドの歌』のような中世の叙事詩の流れをくむ物語詩です。

スペインの中世は、南のイスラム勢力と北のキリスト教諸国との抗争の歴史でした。キリスト教徒の側から見れば、奪い取られた国土を回復するための運動(レコンキスタ)。

とくにスペインの中核となったカスティーリャ王国では、吟遊詩人たちがその戦いの模様を叙事詩として記録し、伝える、いまの報道記者のような役割を担っていました。

しかし叙事詩は長く手の込んだ構成だったため、よほど熟練した吟遊詩人でないと語り切れません。そのため14世紀末になると、聴衆の喜びそうなエッセンスだけを叙事詩から抜き出して歌われるようになります。それが民衆歌謡、ロマンセです。


フランスやドイツでも同じようなバラードがありましたが、ルネサンスの到来とともに忘れ去られます。しかしスペインのロマンセだけは、民衆から民衆へと口承で伝わり、共有されて生き残ります。

そしてフランス象徴主義やモデルニスモ(モダニズム)の影響を受けた現代の詩人たちも、優れた作品を生み出しているのです。

ガルシア・ロルカの代表的な詩集『ジプシー歌集』もこの形式ですし、わがアントニオ・マチャードにも次のようにはじまる「アルヴァルゴンサレスの地」という有名なロマンセがあります。

  若い頃 アルヴァルゴンサレスは
  中くらいの財産の持ち主で
  それは ほかの土地では安楽な身分と
  呼ばれ ここでは金持と呼ばれた
  ベルランガの縁日で
  ひとりの娘に惚れて
  一年後に 結婚した
  結婚式は 豪華だった
  見た者は 忘れないだろう
  結婚祝いは ずばぬけていた
  アルヴァルは 村じゅうに はずんだ
  風笛や長太鼓を
  フリュート ギター マンドリンを
  ヴァレンシア風の花火を
  アラゴン風の踊りを

           (大島博光訳)

1898年の米西戦争敗北の国家的な危機からスペイン再生の道を探っていたマチャードら“98年世代”の知識人たちが目を向けたのは、スペインの中のスペインともいえるカスティーリャ地方でした。

1907年にフランス語の教師としてそこに赴任したマチャードが、土着の農家の2人の息子たちによる父親殺しをテーマに作ったのがこのロマンセです。

1912年に出版された詩集『カスティーリャの野』に入っている、この700行をこえる長編詩とここ数年、私は格闘してきました。その途中経過も、これから少しずつご紹介したいと思います。

0 件のコメント:

コメントを投稿